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エイズ教育

ボランティア教育

 今や教育界では常識となっている「ボランティア教育」や「エイズ教育」。

 実はこれらはTOSSがはじめて取り組んだものです。

 取り組み開始時は賛否両論ありましたが、様々な批判を乗り越え、教育界に提言を続けてきました。

 これらが、TOSSの「社会貢献活動」の原点になっています。

 

厚生省より はやく取り組み始めた「エイズ教育」

 日本ではじめて「エイズ教育」に取り組んだのはTOSSです。

 1987年4月25日アメリカのCDC(アメリカ疾病管理予防センター)から2名の専門ドクターを招き、ニューヨーク市のエイズ教育部長も招いて、日本教育会館でシンポジウムを実施しました。アメリカ連邦政府のエイズ担当医師であるホルンバーグ氏、公衆衛生顧問のコーメシャー氏、そして教育部長のヘイコージ氏です。

 日本側からは、医師・性教育の専門家である武田敏氏(千葉大学教授・当時)、根岸昌功氏(都立駒込病院医長・当時)、明石要一氏(千葉大学・当時)、そして法則化運動代表の向山洋一が参加しました。

 

 

 これが日本におけるエイズの学習会シンポジウムの先駆けです。「子どもの命を守る仕事は何よりも優先される」との法則化運動中央事務局(当時)のモットーがこのような企画を実現させたのです。

 ちなみにこの動きは、厚生省がまだ準備室を設置した段階でのものでした。

 このシンポジウムは多数のマスコミに取り上げられ、その後「日本エイズ予防協会」も設立されました。

人の役に立つ体験を「ジュニア・ボランティア教育」

  「ボランティア教育」にはじめて取り組んだのもTOSSです。

  それまでにもキリスト教系の私立学校でボランティア活動(奉仕活動)をしていた学校はあります。

 しかし、「授業」としてのボランティア教育はありませんでした。

 

 向山洋一は「教育の中には、人様のためになる教育もあっていいはずだ」「学校では、一年間でおよそ1000時間の授業がある。その中のたった3時間でも人様に役立つ教育をつくる必要がある」という思いを持ち、

「ジュニアボランティア教育」という概念を作りました。

 TOSSの教師によって、「手話の授業」「車いすの授業」「点字の授業」などが開発されました。車いすの授業はその後、十台を使っての体育館での授業、校庭の全部を使っての授業、町へ出ての授業に発展していきました。
なお、町に出ての授業は、建設省都市計画課(当時)の方々や建設省の小澤審議官(当時)、区役所の専門家との共同の研究になりました。

 さらに、1994年、ボランティア教育の雑誌「ジュニア・ボランティア教育」(JVE)も発行しました(下写真)。タイトルの横の「1000分の3」は前述した「1000時間のうちの3時間」を表しています。

 2014年からは、JVEにかわる雑誌として「教育コミュニティ」誌が発刊されました。

 子どもたちのボランティア教育から発展して、教師自身の社会貢献活動についてもTOSSは取り組んでいます。

「教育雑誌」の紹介ページにとびます。